大判例

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東京高等裁判所 昭和63年(行コ)32号 判決

控訴人

大野道夫

池谷彰

石坂衛

石谷行

石原正一

伊藤めぐみ

田中良子

中川晶輝

野副達司

古橋雅夫

和田喜太郎

河上徹

右一二名訴訟代理人弁護士

伊藤静男

角南俊輔

加島宏

被控訴人

右代表者法務大臣

左藤恵

右指定代理人

吉田徹

外四名

主文

一  本件各控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一  申立

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人中川晶輝に対し、金一七万五六〇〇円及び内金一四万八四一二円に対する昭和五六年一月一日から、内金二万七一八八円に対する同年九月八日からいずれも支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人は、控訴人大野道夫に対し、金二万一六三八円及びこれに対する昭和五六年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  控訴人ら各自と被控訴人との間で、控訴人らにはいずれも昭和五六年分以降、所得税のうち自衛隊関係費相当分の納税義務がないことを確認する。

5  控訴人ら各自と被控訴人との間で、被控訴人には昭和五六年分以降、控訴人らの納付する所得税を自衛隊関係費に支出してはならない義務があることを確認する。

6  被控訴人は、控訴人ら各自に対し、金三〇万円及びこれに対する昭和五五年一二月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

7  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

8  第2、第3及び第6項につき仮執行宣言

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  主張

当事者双方の主張関係については、次のとおり付加(補充)するほか、原判決事実摘示(ただし、控訴人らに関する部分)のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人らの主張)

一  自衛隊及び自衛隊関係費支出の違憲性

1 日本国憲法は、その前文において日本国民が新たに憲法を制定する動機・目的を明確にするとともに、憲法の各条項を貫いている根本規範が、国民主権主義、永久平和主義及び基本的人権の尊重にあることを宣明している。すなわち、過去における数々の戦争が直接的には政府の行為によって惹起されるものであるという歴史的な経験を踏まえ、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し」と規定し、戦争を防止するためには、主権者である国民が、政府の政策決定を含めた権力の行使について監視し、これをコントロールする必要のあることを指摘している。

2 右を受けて、憲法九条は、すべての戦争を放棄し、一切の戦力の保持を禁止し、また、交戦権を否認しているが、右規定は「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないように」するため、戦争の侵略たると自衛たると、また、戦力の攻撃力たると自衛力たるとを問わず、国民が政府・国家に宛てた具体的指示であり、国家に対して一切の戦争をしないこと、一切の戦力を保持しないことを国民に対する関係で義務付けているのである。

なお、憲法九条は、自衛戦争あるいは自衛のための戦力の保持については許容しているとの見解があるが、憲法制定議会での憲法九条の趣旨・解釈に関する審議の際、政府委員等から十分な説明がなされ、その質疑応答の過程で同条は自衛のための軍備を含めて、陸海軍その他一切の戦力を保持することを禁止しているとの解釈が示され、その解釈に基づいて議会での賛否が問われ、圧倒的多数で可決承認されたという経緯があり、また、過去における戦争の大半が自衛のための戦争という名目で起こされているという歴史的な事実に照らしても、右見解は到底採りえないものであり、そうすると、現在の自衛隊が、その編成、組織及び装備のいずれの面からみても、戦争を遂行するための軍隊であり、一見明白に憲法九条に違反する違憲の存在であること、したがって、右違憲の自衛隊のための国費の支出も違憲であることは明らかというべきである。

二  平和的生存権による納税拒否について

1 憲法前文第二段は、「全世界の国民が…平和のうちに生存する権利を有することを確認する」と明確に宣言し、平和のうちに生きることは全世界の国民の権利であるとの認識立場を明らかにするとともに、憲法九条において、右権利を日本国民のために具体化したものと捉えることができる。

2 右のような理念・背景のもとに認められた平和的生存権は、個々の国民が国に対して戦争そのものや、軍備の調達、戦闘員の訓練等の戦争準備行為の中止等の具体的措置を請求しうる、それ自体独立した人権というべく、具体的訴訟における違法性の判断基準になりうるものであることは明らかである。

そして、右の平和的生存権という考え方を指標に、憲法九条を解釈すれば、同条は、戦力不保持と交戦権否認のコロラリーとして、国民との関係で、政府に対し、軍事目的の国費支出と課税、徴収とを一律禁止することを義務付けた規定としての性格を帯有しているものというべきである。

3 そうすると、被控訴人が現実に約六兆円(平成二年度予算における自衛隊関係費と軍人恩給費との合計額)の軍事費を予算に計上し、これを支出しつつあることは、控訴人らの平和的生存権(その内容の一つとしての軍事費拒否権)の侵害にほかならないのであって、控訴人らは、右平和的生存権に基づき、その支出の差し止め、慰謝料の支払その他の救済を求めて訴訟を提起する資格を有しているものである。

三  抵抗権に基づく納税拒否と良心的軍事費拒否の権利について

1 抵抗権とは、一般的に法律義務と非法律義務とが衝突した場合に、後者により大きな価値を認め、これを拠り所として前者への服従を拒否する権利として定義づけることができ、日本国憲法は、明文をもって抵抗権の存在を規定してはいないけれども、自然法思想による基本的人権をその本質的構成部分としており、国民に対し、憲法が国民に保障する自由及び権利については不断の努力によりこれを保持することを求めるとともに(同法一二条)、公務員に対し、憲法尊重擁護義務を負わせていることに鑑みると、国民主権主義その他憲法の基本的秩序を侵害したり、国民の権利自由を認める基本原則を否定する行為に対する抵抗の権利は実定憲法上も是認されているものというべきである。

2 控訴人らの大部分は、敬虔なクリスチャンであり、その余の控訴人らも、非暴力を信条として生活をしているものであり、いずれも憲法によって無条件に保障されている自らの信仰、信念に基づき自衛隊関係費に用いられる税金の支払を断固拒否する、いわゆる良心的軍事費拒否を実践しているものであるところ、昭和四七年に決定された四次防の実施、及びこれに続く自衛隊の毎年の増強は、一見極めて明白に民主憲法、平和憲法の基本的秩序を著しく侵害していることは明らかであり、したがって、控訴人らには憲法九条を遵守する立場からも、また、思想・信条あるいは宗教上の教義の上からも、少なくとも、自衛隊関係費に相当する納税を拒否することは、憲法上保障された良心及び信仰の自由の権利保持のための不断の努力の行使であると同時に、被控訴人による憲法九条秩序への急迫不正の侵害行為に対する正当防衛にほかならない。換言すれば憲法が明確に禁止している違憲の自衛隊関係費への支出に対するやむを得ざる平和的、受動的な抵抗であって、その行為は憲法上の抵抗権の行使として評価することができ、国家権力の不法不正な行使に対する憲法秩序の擁護として現行憲法下においても容認されているというべきである。

四  納税者基本権と納税者訴訟の許容性について

1 国費の支出と所得税の賦課・徴収の関連性

国費の支出と所得税の賦課・徴収との間には直接的・具体的関連性が認められる結果、違憲の国費支出の瑕疵を引き継いで所得税の賦課・徴収も当然に違憲・無効になるものである。

すなわち、控訴人ら納税者が所得税を支払っているからこそ、被控訴人は予算どおりの国費を支出することが可能となるのであって、納税者が所得税の納付を全面的に停止すれば、軍事費を含む国費の財源はたちどころに枯渇することは明らかであり、換言すれば、所得税が国費支出の最大の財源であり、それが特定の使途に限定されず、すべての使途に充てられることを前提に徴収されるからと言って、国費の支出が所得税によって賄われているという厳然たる事実を否定することはできず、右の支出とその一般的財源という関係を直視すれば、違憲の支出の財源とされる限りにおいて、所得税の賦課・徴収も当然違憲・違法となり、何人もそのような所得税の支払を拒否できることは自明の理というべきである。

2 納税者基本権の憲法上の地位、根拠等

ある権利がわが国の憲法上保障されたものであるかどうかは、単に成文上の規定の存否のみによって決定されるものではなく、その権利の内容、性格、他の人権保障規定の趣旨等との関係を考慮して、その権利を認めることが国民主権、平和主義、基本的人権尊重という憲法の根本規範に沿うことになるかどうかによって決せられるものというべきであり、憲法の右根本規範、とりわけ国民主権及び基本的人権の最大限の尊重という立場に立脚すれば、納税者基本権はわが国の憲法下においても優にこれを認めることができるものというべきである。

3 ところで、憲法九一条は、「内閣は、国会及び国民に対し、定期に、少なくとも毎年一回、国の財政状況について報告しなければならない。」と定め、内閣(政府)が、国費の支出について直接国民に報告し、その適否を審判する機会を与えるべきことを規定していること、また、憲法七六条一項により司法権を行使する裁判所は、「一切の法律上の争訟を裁判する」権限を付与されているが(裁判所法三条一項)、右の法律上の争訟とは、当事者間の具体的な法律関係ないし権利義務の存否に関する争いであって、それが法律の適用により終局的に解決し得べきものであれば足りること、憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を生じないこと(九八条)等に鑑みると、日本国憲法の下においても、諸外国と同様に、個人たる国民が、直接的権限行使により「当該年度の具体的な納税者として、国又は公共団体の違憲ないし違法な行為を是正するために法廷で争う」納税者訴訟を提起することを容認しているものというべきである。

五  控訴人中川、同大野に対する延滞税の賦課・徴収の違法性

1 国税通則法は、立法的に租税債務関係説を承認し、課税権と徴税権とを区別し、課税要件事実の充足により租税債権(税金支払義務)が発生しても、「正当の理由」があれば、支払の猶予(同法四六条)を認めたり、あるいは延滞税を賦課しない規定(同法六五条ないし六八条)を設けている。したがって、仮に、一旦租税債権が発生したとしても、その支払債務の履行を求めるに当たっては、新たな角度、視点からその合法、非合法が検討されなければならず、換言すれば、納税者に対して租税債務の履行について抗弁事由の存否及びその正当性につき争う余地を残しているものというべきである。

2 控訴人中川、同大野が、自己の租税債務のうち自衛隊関係費に相当する部分の納税を拒否したことについては、すでに主張してきたところから明らかなように、憲法九条、一九条、二〇条の規定の趣旨及び内容等に鑑みると、国税通則法上の「正当の理由」の存在を認めることが十分可能であり、したがって、同控訴人らに対しては、同法六三条の規定を適用ないし準用して延滞税を免除するとか、あるいは同法六〇条の規定の除外事由としてこれを認めるべきであったものというべきである。しかるに、被控訴人が同控訴人らに対して延滞税を賦課、徴収したのは、明らかに右法条の適用ないし運用を誤った違憲、違法の行為というべく、その結果、同控訴人らの被った損害については、国家賠償法一条に基づき、賠償責任を免れないというべきである。

(被控訴人の認否等)

控訴人らの当審における主張はいずれも否認し、争う。

第三 証拠〈省略〉

理由

第一当裁判所も、控訴人らの本訴請求中、控訴人らにはいずれも昭和五六年分以降、所得税のうち自衛隊関係費相当分の納税義務がないこと、及び被控訴人には昭和五六年分以降、控訴人らの納付する所得税を自衛隊関係費に支出してはならない義務があることの各確認を求める部分は、いずれも不適法であるから却下し、その余の損害賠償を求める部分は、いずれも理由がないから失当として棄却すべきものと判断する。その理由については、左に付加、訂正するほか、原判決がその理由において説示するところと同一であるから、これを引用する。

一(原判決の訂正等)

1  原判決三一丁表四行目の「五一」を「五二」と訂正し、同三二丁裏五行目の「ある。」の次に「したがって、控訴人らの自衛隊及び自衛隊関係費支出の違憲性をいう点は、本件滞納処分の違法事由となりえないことはいうまでもない。」を加入し、同末行目の「したがって」を「それ故」と訂正し、同三三丁表二行目の次に行を改めて次のとおり加入する。

「次に、控訴人らは、憲法は、その前文第一、二項及び九条において、日本国民に対し、平和のうちに生存する権利を基本的人権の一つとして規定しており、右により日本国民は、軍事目的の支出の財源調達のための租税を賦課、徴収されないこと、したがって、右軍事目的の支出の財源とされる税金の支払を拒否する権利を付与されていると主張する。

しかしながら、控訴人らのいう平和的生存権として主張する平和とは、理念ないし目的としての抽象的概念にすぎず、それ自体個人の権利として保障されている具体的な内容を有するものでないから、右平和的生存権をもって、個々の国民が国に対して戦争や戦争準備行為の停止、及びそれに要する国費の支出の禁止等の具体的措置を請求し得るそれ自体独立した権利であるとか、あるいはそのような国費の支出に充てられることを理由として、国民が納税義務を免れたり、税金の支払を拒否しうることを積極的に基礎づける具体的な権利であると解することは到底できないというべきである。のみならず、国費の支出と租税の賦課、徴収との関係は前記のとおりであるから、国費の支出が平和的生存権の侵害にあたるという理由で租税の賦課、徴収の違憲、違法や租税の支払拒否権を問題とする余地のないことも明らかである。」

2  同三三丁裏五行目の「支出」から同六行目の「いって、」までを削除し、同三五丁裏四行目の「この」から同六行目の「ほかなく」までを「憲法前文第一項にいう「国政は、国民の厳粛な信託によるもの」とは、国の政治は、一部の政治家や権力者のものではなく、あくまで主権者である国民によって信託されたものであるから、現実の国政に携わるものは、すべからく国民のための政治の実現に向けて努力すべきことを要請しているものというべく、いわば日本国憲法が国民主権主義を採用していることを宣明した規定の一つにすぎず、右の規定から、当然に納税者と国との間に信託法上の法理を類推適用して、納税者である国民は、憲法尊重擁護義務を負う公務員が憲法の根本規範に違反する違憲、無効な国費を支出する場合には、当該支出を差し止めたり、右違憲な支出額に見合う信託財産の信託に該当するところの所得税の納付を拒否する権利が憲法上認められているものと解するのは困難であるといわざるを得ず」と訂正する。

3  同三六丁表八行目の「徴収」の次に「が、控訴人らの主張するように国家の各般の需要を充たす目的でなされるという性格を有しているとしても、それ」を加入し、同末行目の「所得税」から同裏一行目の「はなく、」までを「そのことから当然に」と訂正し、同七行目の次に行を改めて次のとおり加入し、同八行目の「3」を「4」と訂正する。

「3 なお、控訴人らは、自己の納付した税金の一部が、被控訴人によって自らの良心又は信仰の実践に抵触したり、あるいは憲法九条の規定に違反する自衛隊関係費の支出に充てられることにより、少なくとも右国費に相当する税金分については控訴人らの財産権を直接侵害することになるとも主張している。しかしながら、控訴人らの右主張は、予め特定の使途目的に費消されることが予定されていない一般の普通税においても、使途が予め特定されている目的税の場合と同様に、自己の納付した税金の使途の違憲、違法を理由に税金の支払を拒否し得ることを認めることにより初めて成り立ち得る立論であるが、前記のとおり、所得税は、国の各般の需要に充てるため、別段使途を定めることなく国民各層から法令の定めに従い、公平かつ平等に賦課、徴収される普通税であり、一方、右賦課、徴収された税金をどのように使用するかは、財政民主主義の精神に則り、主権者である国民の代表者を通じて国会における予算審議を経たのちに決定されるものであって、いわば、租税(普通税)の賦課、徴収と予算に基づく国費の支出とは、その法的根拠及び手続を異にし全く別個のものであり、現行法制下においては、両者の間には直接的、具体的な関連性を認めることは困難といわざるを得ず、そうすると、控訴人らの右主張も、すでにその前提において失当であるから、結局理由がないものというほかない。」

4  同三八丁裏一行目の「るから、」を「り、他に本件全証拠によるも、被控訴人が控訴人らの納付した税金の一部を自衛隊関係費として支出することにより、何ら控訴人らの具体的な権利ないし法的利益を侵害するものと認めることはできない。そうすると、主観訴訟の前提である、被控訴人の処分等によって控訴人ら個人の具体的な権利又は法的利益が侵害されたという要件を欠いている以上、控訴人らの」と、同五行目の「出訴するものであって」を「救済を求めているものと解さざるを得ないところ、控訴人らの主張するような納税者訴訟は、立法論としてはとも角として、現行法制下において、これを適法な訴えの形式として認めることは困難で、右のような訴えは」と各訂正する。

5  同三九丁裏四行目の「弁論」から同四〇丁表三行目の「また、」までを「前述のとおり国が徴収した所得税の使途は、財政民主主義の精神に則り国会の議決を経た予算により決定されるものであるから、予算によりその税収の一部が控訴人らの主義主張とあい入れない使途に支出されることになったとしても、それにより」と訂正する。

二抵抗権に基づく納税拒否と良心的軍事費拒否の権利について

控訴人らは、現行憲法下においても、国民主権の原理の採用、個人の尊厳や憲法が国民に保障した権利、自由は国民の不断の努力によって保持すべきこと等を定めた諸規定等に照らすと、当然抵抗権の存在は容認されているものとしたうえで、被控訴人が毎年予算に基づき自衛隊関係費を支出する行為は、一見極めて明白に憲法九条に違反するとともに、控訴人らの良心及び信教の自由を著しく侵害するものであり、立憲主義憲法体制を破壊する暴挙であることが明らかであるから、控訴人らは、右抵抗権に基づき、自己の納付すべき所得税のうち、右自衛隊関係費に相当する部分の支払を拒否することも当然許されるべきであると主張する。

しかしながら、現行憲法上明文をもって抵抗権の存在を認めた規定はなく、また、抵抗権の成立する法的根拠やその行使のための条件、態様等をめぐって意見の対立があり、いまだ具体的かつ明確な権利として確立しているとまではいえないから、抵抗権を理由として納税の拒否権を主張する控訴人らの右主張は理由がないし、また、控訴人らの主張する良心的軍事費拒否なる主張も、独自の見解であって、納税を拒否する根拠とはなりえないものである。のみならず、国費の支出の違憲を理由に租税の賦課・徴収の違憲・違法や租税の支払拒否権を問題とする余地のないことは前述のとおりであるから、いずれにせよ控訴人らの右主張は採用の限りではない。

三控訴人中川、同大野に対する延滞税の賦課・徴収の違法性

控訴人中川、同大野は、同控訴人らが自己の租税債務のうち自衛隊関係費に相当する部分の納税を拒否したことについては、憲法九条、一九条、二〇条の規定の趣旨等に照らすと、国税通則法四六条の納税の猶予を認めるべき場合、あるいは同法六五条ないし六七条等において規定する正当の理由がある場合に該当することが明白であるにもかかわらず、被控訴人は、あえてこれを無視して同控訴人らに対して延滞税を賦課、徴収したものであって、右は明らかに同法の適用ないし運用を誤った違憲、違法の行為であると主張する。

しかしながら、前記のとおり、同控訴人らが自己の納付すべき所得税のうち自衛隊関係費に相当する部分の支払を拒否し得る権利があるとか、あるいは右支払を拒否したことが真にやむを得ない処置であって、国税通則法上認められている延滞税の免除等に該当する特段の事情が存在するとは到底いえず、他に、被控訴人が同控訴人らに対して延滞税を賦課、徴収したことが違憲、違法であると認めるに足りる証拠はない。

第二そうすると、控訴人らの本訴請求中、控訴人らにはいずれも昭和五六年分以降、所得税のうち自衛隊関係費相当分の納税義務がないこと、及び被控訴人には昭和五六年分以降、控訴人らの納付する所得税を自衛隊関係費に支出してはならない義務があることの各確認を求める部分は、いずれも不適法として却下し、また、その余の損害賠償を求める部分は、いずれも理由がないから、これを失当として棄却した原判決は相当であって、本件各控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官時岡泰 裁判官大谷正治 裁判官板垣千里)

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